動機と目的
創作活動には環境からのストレスをなるべく軽くして創作に集中したいものです。相変わらずPC関連製品のスペック向上速度はすさまじく、ものの数年で浦島になれるわけですが、お陰様で環境によるストレスは随分減らせるようになったように思います。5年くらい前のスペックでも個人的には割と満足なのですが、丁度生活環境の変化に伴い省スペースPCが必要となりそうでしたので、これを機に現在のDTMer向けPCの検討、スペック調査を行いたいと思います。
現状
DTMer向けのPCと一口に言っても、制作スタイルや目的でかなり異なってきます。楽器のレコーディングや外部音源メインの制作環境ではそこまでPCスペックは要求されないでしょうし、MIX屋さんならスペックに加え静音性が優先されるかと思います。私の場合ほとんどレコーディングは行わず、MIXも全然わからないヘタレですが、かたやソフト音源やエフェクトはガシガシ使っていきたいところです。私のようなDTMerの求めるスペックといえば
①音源サンプルの高速読み出しが可能な(大容量)ストレージ
②エフェクトやソフト音源を多数使用してもモタらない、ノイズが発生しないCPU
③様々な機材が使用できる拡張性
といったところでしょうか
そんな私の現在の環境はざっくりと以下の通り。
参号機(自作機)
ケース:CP-502LWH(スリムタワー)
マザーボード:GA-970A-D3
CPU:AMD FX-8300
メモリ:8GB + 8GB
ストレージ(SATA):SSD1/256GB(システム)、SSD2/256GB(音源1)、SSD3/128GB(音源2)、 HDD/1TB(バックアップ)
グラボ:Radeon HD7770 (1GB)
グラボはDTM的には不要のように思えますが、新しいネタ探しのため新作ゲームをするにあたって必要なのです(?)。(ゲームしない人には不要でしょう。)ちなみにスリムケースなのにうっかりロープロ非対応のグラボを買ってしまったために以下のようにケース空けっぱ、電源はみ出しの状態での運用になってしまいました。
さて、ケースは既に12年もので細かいところで破損もでているのですが、現行でも①、②、③は概ね満足しているスペックでした。ソフト音源はKONTAKTの使用が大半ですが、SSDならサンプルのプリロード設定、DFDでスムーズに読み込みますし、Preload buffer sizeは6KBでも音飛びはほとんど無いように思われます。ディスク容量についてもデスクトップ型なので増設は容易です。CPUも3GHz以上でQuad CoreならVSTメインの制作でもわりとサクサクですし、拡張性も問題はありません(スリムケース故の増設の面倒さはありましたが)。PCを変える理由はほとんどなかったのですが、先の通り省スペースPCが必要になったこと、このケース開けっ放しの状態を解消したかったこともあり、折角なのでスペックの再考も行いたいと思います。
方針
自作機を採用していた理由はCPUやマザーボードをガンガンアップグレードできること、ストレージやメモリをかなり自由に増やすことができること、PCIやPCIeが使用できること、必要なら静音化が可能であること。特にDAWの再起動、サンプルの再読み込みを不要にするためスリープを多用していたのですが、復帰が安定するためPCI、PCIeのオーディオインターフェースを好んで使用していました。
さて、最近はと言いますとCPUはミドルレンジのスペックで既に十分な域。メモリは16GBあればいいでしょう。個人的にはサンプル用の容量は300GBあれば十分、増設が必要ならUSB 3.1でSATA並みの転送速度が出せます。拡張性も最近はUSB接続のものがほとんどでハブを付ければ大抵の製品はほぼ制限なく使えますし、USB接続のオーディオインターフェースはドライバが優秀でスリープ復帰後もほぼ問題は起きません、というかDAWの再起動やサンプルの再読み込みをしてもそれほどストレスにならないレベルになったので不具合を避けるためにもDAWはスリープ前に落としていいくらいです。結局、今の時代ならどんなPCを組んでもDTM的にはほぼ何も問題がないように思います。ならばスペースやデザインで選んでしまってよいのではないかと。
そこで今回はベアボーンを選んでみました。ベアボーンは拡張性に制限が大きいもののデザインのいいものが多く、特に最近はゲーミングPCが興隆しているおかげでベアボーンでも非常に高スペックなものがでています。メンテナンス性や静音性が多少犠牲になりますが、CPUとマザーボードの相性問題等はなく、それなりに安定性が確保できるのでDTMer向けPCの候補になりうるのではないかと思います。
供試品
ZOTAC MAGNUS ER51060
香港のメーカー、ZOTAC社のベアボーンです。
基本スペックはざっくり以下の通り。
ケース:225mm x 203mm x 128mm(天板から吸気、横から排気)
CPU:AMD Ryzen 5 1400
グラボ:GeForce GTX 1060 (3GB)
メモリ:2スロット(1スロット最大16GB)
ストレージ:2.5インチSATA x 1、M.2 (SATA/NVMe) x 1
I/O:USB 3.0 x 4(背面)、USB 3.1 x 2(前面)
特に理由は無いですがCPUはAMD派。AMD採用のベアボーンが中々なく、AMDを使いたいがためだけに本製品を選択しました。Ryzenを使えるのが嬉しい。デザインは悪くないですがベアボーン製品としては割と無骨、広告にあるように片手サイズとはいかない程度の大きさです。重量もそれなり。ファンの吸気が天板からなのでホコリが若干気になるところ、掃除しようにも保証外の分解をする必要がありそう。ところでRyzenといえば最近第二世代が発売になりましたね、本機のチップセットはA320ですので使用にはBIOSのアップデートが必要ですが更新はされないでしょう。電源も230Wと恐らくギリギリですのでCPUの換装を行うとしてもRyzen 7 1700が限界でしょうか。スペック不足を感じる頃にはまた新しい機体を買うのがいいかと思います。グラボは完全にオーバースペックですね。どんなゲームもサクサク、DTMへの貢献度は不明。メモリは最大32GB、今のところ十分でしょう。ストレージはベアボーンで合計2スロットならまぁまぁ、必要ならI/OにUSB3.1、3.0があるので外付けでもいいでしょう。中でもNVMeは嬉しい対応、この製品で存在を知りました。PCIe接続のSSDは超高速な転送速度を実現するストレージ規格として昔から存在していたものの、以前は非常に高価で中々手が出せない代物だったのですが、最近は規格化され、お値段も手ごろでストレージの選択肢になる代物となりました。通常はシステム用のストレージにするのでしょうが、DTMer的にはサンプルの保存場所にしたいところ。
実装
メモリには16GBを1枚差して必要ならもう1枚差せるようにしておきます。ストレージにはSATA(CSSD-S6O240NCG1Q)、M.2(WDS256G1X0C)にそれぞれ256GBのものを使用しました。
画面中央がM.2のスロット。初めて接続しましたがメモリのようにしっかりと固定されるわけでは無く、一応程度に差さっていれば認識するんですね、グラっグラで何か不安な感じ。接続するものはメモリとストレージだけなので至って簡単、むしろ自作erとしては物足りないです。起動、安定性も当たり前ながら全く無問題、OSのインストールもスムーズに完了、諸ドライバも無事に済み、前のPCはブルースクリーンなんて見慣れたものだったのに未だに見られず半ば寂しい思いすらあるわけですが、そんなわけであっさり動作確認もすんでしまったので早速スペックの確認を。
スペック確認
〔ストレージ関係〕
まずは①の音源の読み出し。これまで使っていた自作PCのSATAと本機MAGNUSのSATA、またUSB3.0に接続した場合でCrystalDiskMarkのVer.6とVer.3を走らせてみました。結果は以下の通り。
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SATAでも自作機、本機で結構差がでてしまいました。CPUスペックも上がっているのでその影響もあるのかもしれませんが、自作機でAHCIのインストールか何かが失敗していたのでしょうか。その辺の最適化はやはりベアボーンの方が安心感はあります。USB3.0に接続しての速度測定は今回が初めてなのですが、SSD、HDDそのものの転送速度がボトルネックになっている場合は本当にほぼSATAと遜色ない速度がでるのですね。ストレージがガンガン増やせるのでありがたいです。例によって大容量ストレージが必要な場合はHDDを使用するわけですが、USB3.0に接続すれば問題ないでしょう。バスパワー対応のものを使えば電源も不要です。
そして期待のNVMe接続のSSD、公称値通りSeqでは2GB/sがでています、速いっ。他のNVMe対応製品は3GB/s以上出るらしいですし、NVMeの理論値は4GB/sほど出るらしいので十分に活かしきれていないのかもしれませんが十分驚異的です。その昔、Ramディスク(メモリをストレージ化したもの)の検証の際Seqで1.4GB/sほどの値がでて驚いたものですが、SSDでもこの値がでるようになったのは感慨深いですね(余談ながら、最近のスペックならRamディスクでベンチ上10GB/sを越えられるほどらしいですね)。DTM的にはランダムアクセス性能が高い方が有利と言われていますので実際にはどれくらい恩恵があるのか気になるところ。
もう一つ、手持ちの音源で最も重いProminy社のHummingbirdの中から合計24GBほどあるサンプルを読み込んだ場合の速度をSSD(自作機)とNVMeで比較してみました。
転送速度はWin10のタスクマネージャーの表示を参照、平均転送速度は何となく安定したときの転送速度、読込時間はiPhoneのストップウォッチで測定しました。
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ざっくり3倍くらい早くなった感じです。実際には最近のKONTAKTはサンプルの読み込み中も使用ができるのでサンプルの読み込みにストレスを感じることはあまりないのですがね。Preload buffer sizeの値を下げてもサンプルの音飛びが減ったりするのか気になるところです。それにしても数GBのサンプルがものの数秒で読み込める時代になったというのはいい時代になったものです
〔CPU関係〕
続いて②について。FX-8300からRyzen 5 1400になりましたので、スペックはあがっているはずですし、単純にベンチを走らせるだけでは実用性がわかりませんので、DAWにInternet社のABILITY、KONTAKTで32パート立ち上げ、Buffer sizeを変更し(オーディオインターフェースはUAC-2を使用)、タスクマネージャーとABILITYのCPUメーターを確認しました。ついでに全パートそれぞれに重い重いと言われるiZotope社のNeutronをインサートしてみたものについてもチェックしてみました。
(クリックで拡大)
ABILITYのCPUメーターで100がでるとノイズが発生してしまいます。びっくりするほど差がありませんでした。あれぇ?確かにどちらも論理プロセッサ数は8コア、動作周波数はFX-8300で3.3GHz、Ryzen 5 1400で3.2GHzと差は大きくないのですがDTM的にはそういうものなんですか?ベンチを走らせれば結構はっきりと差が出るんですがね。スペック的には問題無いので全然いいのはいいんですが・・・。
まぁレイテンシーはシングルコアの動作周波数に依存するようですし、コア数も最近のDAWでもまだ8コア程度しか使いきれないということですのでDTM的にはこのような結果になるのは当然なのかもしれません。将来的にDAWがもっとメニーコアの恩恵を受けられるような設計になるまで待つしかないということでしょうかね。
〔拡張性関係〕
③については特に検証するものは。PCI、PCIeを使わないのは自作erとしては物足りないですが、DTMer的には安定性を上げるためにあまり機体の中を開けるようなことは避けていった方がいいのかもしれません。積極的にUSBを使用していきたいと思います、電源容量の少なさが気になるところではありますが。今のところバカスカUSB繋いでいますが不安定になっているようなことはありません。
グラボはショート基盤のタイプ。ライザーカードで接続されており、保証外ですが取り外しが可能なので同じくショート基盤のものなら一応換装はできるのでしょうか。まぁGTX 1060は個人的には完全にオーバースペックではあるんですが。
というわけで久しぶりの環境一新、使用から1か月ほどが経過しましたが今のところ大きな問題はありません。ほとんどDAW起動していないからという可能性もありますが。
ベアボーンいいですね。昔はスペック不足や拡張性の無さから選択肢にはなりませんでしたが、今は本当に選択肢の幅が広がったように思います。ディスプレイ一体型PCとかも場所取りなDTMには意外といいかもしれません。DTMのためにPCのスペックや安定性に頭を悩ませる時代でもなくなってしまったのは嬉しいような寂しいような。
そもそも他のDTMerさん達はどんなPC使っているのでしょうかね。ノートPCで作られている方も結構多い印象です、ノートPCでも最近はもの凄いスペックのものもありますので。最初に書いたように、DTMerといっても作業スタイルや求めるスペックが異なりますのでどのPCを買ったらいいとは一概には言えない所はありますが、時には環境を見直すのもおすすめです。PCの見た目が変わるだけで制作時の気持ちも変わる・・・かもしれません。
色々試してみたことを備忘録的に書いたレビューでしたので誰得感甚だしい記事になってしまいました。これからDTMを始める方の参考等にでもなればいいなぁ。
CPUの性能がFX-8300からRyzen 5 1400になっても実用上ほぼ変化無しというのが何だか面白くなかったので保証外になりますがCPUを同じくTDP 65WのRyzen 7 1700への換装を行いました。詳細は省きますがすんなり換装完了、ただ乗せ換えるだけで動作も全く問題ありませんでした。8コア16スレッドになり、比較テストではVSTを多く使用する環境でほんの少し余力ができました。1万円ちょっとでこれだけのメニーコアが使えるというのはいい時代になりました。ついでにメモリも16GB追加し、合計32GBのデュアルチャンネルで動作。全トラックVSTのフルオーケストラをやるようなことでもなければ今のところ十分なスペックかなというところです。
自作er熱が再燃したので次はZen3かDDR5が出た頃にITXケースで自作したいなと考えています。ER51060のGTX 1060が流用できるかも今から楽しみ。